スマホで撮る!東京モノトーン

Leicaのレンズが搭載されている中国製のスマホを買いました。
スマホカメラの性能の良さにビックリ!
カラー撮影ではなく、モノクロ撮影で都内を散策します。

東京モノトーン〈56〉鉄腕アトム

漫画「鉄腕アトム」は、雑誌「少年」に1952年〜1968年まで連載された。
私は、テレビアニメになってから観た記憶がある。
テレビは、1963年〜1966年。(モノクロ放映)
1964年の東京オリンピックの前年にテレビ放映が始まった。
アトムは、10万馬力で足にジェットエンジンを搭載し、空を飛ぶ。
アトムの誕生日は、2003年4月7日。
連載開始は1952年なので、手塚治虫は50年先の未来を描いたことになる。
現在、AI(人口知能)が話題になっている。
AIに話しかければ、会話をしたり、歌を歌ってくれたりする。
また、車の自動運転ではかなり進歩をしている。
これから50年後には、アトムのような感情をもったロボットが
生まれるかもしれない。
手塚治虫の凄いところは、ロボットであるアトムに情操教育をさせている。
しかし、ロボットが感情を抱けるようになったら怖い気もする。
進化する現代、人とAIとの交わりは、ますます深まって行くのは間違いない。
※画像/JR高田馬場駅〈早稲田口〉高架下の壁画
    高田馬場はアトム生誕の地


東京モノトーン〈55〉広小路

全国に「〇〇広小路」と付く地名がいくつぐらいあるのか興味がある。
広小路(ひろこうじ)という言葉には、とても良い響きがある。
都内にもいくつかの広小路がある。
・両国広小路(墨田区)
・上野広小路(台東区)
・浅草広小路(台東区)
・大崎広小路(品川区)
上記地名は、現在住所としては使われていない。
広小路の歴史を調べてみると、
響の良い言葉とは正反対に悲しい歴史があった。
江戸時代、江戸には大火が何度もあり、大勢の町民が亡くなっている。
この大火を防ぐためにできたのが広小路(火除け地)で、
火災の延焼を食い止めるための広場であった。「ヘェ~!知らなかった」
この場所は当時、常設の建物を造ることはできなかったが、
仮設の屋台や芝居小屋の設置は許されており、
江戸町人の歓楽地になっていた。
「火事と喧嘩は江戸の華」と言われていた時代、
火災を食い止める「火除け地」が作られていたなんて……
先人の防災意識に驚かされる。
※画像/浅草広小路(現・雷門通り)
    吾妻橋交差点角にある神谷バー(日本最初のバー)


東京モノトーン〈54〉昭和の風景

ブログで「東京散策」を始めて、発見や驚きを感じることがある。
今回、その驚きは表通りではなく狭い路地にあった。
JR新宿駅西口を降りてユニクロの角を右に曲がり、
数歩歩くと左側に路地の入り口がある。
一見、見落としてしまう程の狭さである。
路地の両側には、小さな店がひしめき合っている。ここが「思い出横丁」。
久しぶりに来た。時間は夕暮れ。
多くの店は路面に面して、店の中が丸見えである。
この光景は以前と変わらず、懐かしさを感じた。
しかし、驚いたことがある。それは外国人の多さである。
欧米人がお店でお酒や料理を楽しんでいる。
それがあまりにも様になり、馴染んでいるのでビックリ!
ここに来ている外国人は、観光客それとも常連客?
観光客であるならば、Webサイトで検索をしてこの場所を知ったのだろうか?
正直、綺麗とは言えないこのエリアでお酒を楽しむのは、
年配の人と思っていたが、様変わりしていた。
戦後の闇市から、現在に至った「思い出横丁」。
昭和の時代を体感できる都内のスポットである。